十年前、愛知県犬山市の「明治村」に立ち寄った際、「十年後の私へ」と題する手紙を書いた。それが、新潟の実家に届いていた。何の努力もせず夢の実現ばかり希望しており、あきれ果てる。
当時、名古屋市内の友人宅に滞在していた。「明治村」はドライブがてら訪ねた。もともと伊勢神宮外宮の大鳥居前に構えていた旧宇治山田郵便局庁舎が移築されていて、実際に郵便を出せるようになっている。そこで「はあとふるレター」というサービスをやっていた。十年後の自分や大切な人に手紙を書き、十年後に配達してくれるというもの。さえない企画に映ったが、他に刺激的な体験も見当たらない上、数百円でできる遊びと思い、ばか正直に書いて投函した。
手紙のことは、忘れていなかった。時折思い出し、〈住所はどこにしたっけ〉などと心配していた。実家で封を開ける。一読、欲しいままの夢を赤裸々につづる自分の図々しさに閉口した。「長身・黒髪の理想の伴侶と就学児と楽しく温かい家庭生活を営まれていることでしょう」「小説『和解』を『文學界』新人賞に応募しています」「不動産経営で安定、着実な収入を得ながら、エッセー等の執筆で活躍していることと思います」「エッセーの新聞・雑誌への掲載と単行本出版を目標に頑張っています」など。
現実はというと、いまだに結婚できていない。『文學界』新人賞には、私のトラウマとなった中学三年生の三角関係からの悲劇を題材に数度短編小説を応募したが、箸にも棒にも掛からなかった。手紙を書く直前に受けた宅建士の試験には合格したものの、修行のために入った幾つかの不動産屋はどこも一〜数カ月以内に辞めた。「安定、着実な収入」どころか、親から小遣いをもらって生活している。
私の真骨頂と自覚するエッセーは、どの新聞や雑誌にも載せてもらえていない。それどころか、ブログに載せると、アクセス数が下がる。ただし、講演会や取材先で、数少ない私の読者から「高橋さんのエッセーが好き」「描写がリアル」「気持ち分かる」などと言われることがある。私にとって最高にうれしい評価である。エッセーを書くことこそ、私の天職だと知っているからだ。
「十年後、涼しい顔でこの手紙を読めているよう、今、この瞬間を全力で駆け抜けたいと思います」と真面目いい子ちゃんのような文をものしていた。しかし、涼しい顔はできていない。酒ばかり飲んでいて、少しも全力で駆けていないからだ。
最終段落では「この手紙を笑い飛ばせるくらいの大きな人間になれているよう、十年間努力することを誓います」と大風呂敷を広げていた。努力してこなかったため、笑い飛ばす度量は築けていない。ただし、落胆しないほどには大きくはなっていると自覚する。身の程知らずの夢想をつづったこの手紙は当時、絶対に披歴できないものだったから。
今は恥も外聞もなくなり、体裁ももはやどうでもよくなった。
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