高橋清隆の文書館

 当ブログでは、マスメディアが伝えない情報や事象分析を発信しています。
新聞やテレビがつくる「社会標準」から解放されれば、人類は本来の豊かな人生を送れると確信します。

2025年12月

十年前の手紙が届く

 十年前、愛知県犬山市の「明治村」に立ち寄った際、「十年後の私へ」と題する手紙を書いた。それが、新潟の実家に届いていた。何の努力もせず夢の実現ばかり希望しており、あきれ果てる。

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 当時、名古屋市内の友人宅に滞在していた。「明治村」はドライブがてら訪ねた。もともと伊勢神宮外宮の大鳥居前に構えていた旧宇治山田郵便局庁舎が移築されていて、実際に郵便を出せるようになっている。そこで「はあとふるレター」というサービスをやっていた。十年後の自分や大切な人に手紙を書き、十年後に配達してくれるというもの。さえない企画に映ったが、他に刺激的な体験も見当たらない上、数百円でできる遊びと思い、ばか正直に書いて投函した。

 手紙のことは、忘れていなかった。時折思い出し、〈住所はどこにしたっけ〉などと心配していた。実家で封を開ける。一読、欲しいままの夢を赤裸々につづる自分の図々しさに閉口した。「長身・黒髪の理想の伴侶と就学児と楽しく温かい家庭生活を営まれていることでしょう」「小説『和解』を『文學界』新人賞に応募しています」「不動産経営で安定、着実な収入を得ながら、エッセー等の執筆で活躍していることと思います」「エッセーの新聞・雑誌への掲載と単行本出版を目標に頑張っています」など。

 現実はというと、いまだに結婚できていない。『文學界』新人賞には、私のトラウマとなった中学三年生の三角関係からの悲劇を題材に数度短編小説を応募したが、箸にも棒にも掛からなかった。手紙を書く直前に受けた宅建士の試験には合格したものの、修行のために入った幾つかの不動産屋はどこも一〜数カ月以内に辞めた。「安定、着実な収入」どころか、親から小遣いをもらって生活している。

 私の真骨頂と自覚するエッセーは、どの新聞や雑誌にも載せてもらえていない。それどころか、ブログに載せると、アクセス数が下がる。ただし、講演会や取材先で、数少ない私の読者から「高橋さんのエッセーが好き」「描写がリアル」「気持ち分かる」などと言われることがある。私にとって最高にうれしい評価である。エッセーを書くことこそ、私の天職だと知っているからだ。

 「十年後、涼しい顔でこの手紙を読めているよう、今、この瞬間を全力で駆け抜けたいと思います」と真面目いい子ちゃんのような文をものしていた。しかし、涼しい顔はできていない。酒ばかり飲んでいて、少しも全力で駆けていないからだ。

 最終段落では「この手紙を笑い飛ばせるくらいの大きな人間になれているよう、十年間努力することを誓います」と大風呂敷を広げていた。努力してこなかったため、笑い飛ばす度量は築けていない。ただし、落胆しないほどには大きくはなっていると自覚する。身の程知らずの夢想をつづったこの手紙は当時、絶対に披歴できないものだったから。

 今は恥も外聞もなくなり、体裁ももはやどうでもよくなった。


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日米合同委員会の開催日時・場所の開示、審査請求も「棄却」

 日米合同委員会の開催日時と場所を記した行政文書が「不開示(不存在)」とされたことを不服として審査請求していたが、外務大臣名で「棄却」の決裁書が筆者の自宅に届いていた。決裁書は、2025年10月31日付けで作成されている。

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 筆者が同行政文書を開示請求したのは、24年1月。同年2月に「不開示(不存在)」通知が来たため翌日、行政不服審査法に基づく審査請求を行った。25年10月には、情報公開・個人情報保護審査会から「不開示とした決定は、妥当である」との答申を外務大臣に交付したとの通知が届いている。

 現在の行政不服審査制度では、処分を行った機関(処分庁)に上級行政庁がない場合は申し立て先(審査庁)と処分庁が同じになる。今回の場合、「不開示」とした処分庁と諮問庁が共に「外務大臣」であり、「棄却」の決裁をしたのも「外務大臣」にある。これで何か変わることがあるだろうか?

 「日米地位協定が憲法の上にあって、日米合同委員会が国会の上にある」(翁長雄志・元沖縄県知事)という現実を確認させられた、この2年間のやり取りだった。


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正月飾りの恐怖

 クリスマスを過ぎると、軒先には門松やしめ飾りなどが並ぶ。都会では帰省する人が多いためか、十二月二十六日にもなれば、街は正月の様相を呈す。この光景を見るときほど、敗北感に襲われることはない。

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 この年になっても結婚できていない私は、クリスマスは毎年孤独だ。この時期の苦しみを根本的に解決するには、ナンパするしかない。十数年ほど前、一カ月で辞めることになる会社に勤めていた。イブの夜、帰宅するのが寂しくて原宿の街をさまよっていると、前方を歩いていた男性が女性に声を掛ける。成功した模様で、二人仲良く通りに消えていった。

 やはり、男は度胸だと思った。私もまねしてナンパを試みる。ブランドの買い物袋を幾つも提げ、着飾った女性に声を掛けたら、露骨に腐った顔をされた。そして、次の言葉を吐かれた。

 「こんな日に……」

 以来、クリスマスにナンパできなくなった。しかも、近年は女性に声を掛けると犯罪者のようににらまれる。私にとって女性と出会える唯一の方法がなくなった。

 かといってイブの日に、孤独を紛らわすため独りでバーに行く気にはなれない。あぶれた男たちがカウンターで肩を並べ、傷をなめ合うのがいたたまれないからだ。数少ない友人にも連絡しにくい。独身者でも、幸運が転がり込んだ可能性がある。それで、このそわそわする夜は、にわかにサッカーの練習に行ったり、頼まれもしない原稿を書いたり、走ったりしている。今年は四時間かけてカレーを作った。

 憂うつな時期の山場を越えた二十六日、やけ酒を飲みに行きつけのバーに足を運ぶ。カウンターに、三十代と思える男女が座っていた。男は黒ずくめの、スウェットのような服を着ている。小太りで、風貌と会話の内容から、高卒であることが分かる。黒人のマスターが会話を促すので、お互いに自己紹介する。女性が私の郷里の近隣市町村出身なのが判明。恐る恐る言葉を交わしていると、男が「俺の女に手を出すな」と言ってきた。

 私には発することのできない言葉だ。仮に伴侶ができたとしても。私は中学生のとき、お節介な級友に無理やり三角関係をつくられ、友達を全員失った。無視された上、休み時間の度、殴る蹴るされるようになる。後に原因が嫉妬と分かったため、男性の前で女性と話ができなくなった。そのため、私が異性を獲得できる方法は、ナンパだけになった。

 バーで話すことがなくなり、酔いに任せて次々と回想する。三年ほど前、この店で、もっと屈辱的な目に遭った。独りで店に入ると、すぐに若い女性が一人で入って来た。他に客はいない。マスターとマダムの計らいもあり、カウンターで隣り合って話し始めた。すると、男八人が続いて入って来る。大声を張り上げテキーラを注文し、一気飲みを強要してきた。私はこの野蛮な慣習が大嫌いだ。

 リーダー格の男は私の隣に座って、「彼女と一緒に来たのか、ここで知り合ったのか」としきりに尋ねてくる。実に厚かましいが、ばか正直な私は、ここで知り合ったことを白状してしまう。テキーラが注がれ、手分けして配られる。男は私にグラスを渡す振りをし、私が受け取ろうとすると、「駄目」とグラスを引っ込めた。そして、「飲め」と目の前に置く。

 普通の人なら何か言い返すところだ。しかし、私は中学生のときのトラウマから、何も言えない。殴るしかないが、それも死ぬまで我慢できる。学生時代からボクシングをやってきたから、殴ると必ず警察沙汰になる。それで、黙っていた。やがて、男どもはこの女に群がり始め、私の席はなくなった。私は一万円札を置いて、静かに店を退出した。

 女性は看護婦で、身長百五十センチそこそこしかない。私のタイプではないが、負けは負けだ。女が取られたのだ。

 カウンターの片隅でこの体験を思い出し、だんだん腹が立ってきた。会話を制限されたので、カウンターの逆端にいる外国人二人の所に行き、会話を持つ。しかし、これでは一生結婚できないと思い、蛮勇を振るうことにした。

 例の男女の間に割って入る。

 「ねえ、ねえ、彼氏とここで知り合ったの?」

 黒人マスターが「おお」と、称賛ともつかぬ優しい声を私に送った。男は「前から知り合いだよ」と私をにらみつけてくる。

 「本当かよ!!」

 カラオケのリクエスト曲がかかって彼が席を立つと、私がすかさずそのいすに座った。長身好きの私は、女性に身長を尋ねる。身長百五十七センチと判明した。顔もパッとしない上、白痴の気があった。男は、既婚者であることも分かる。

 「ちょっと、俺の席」
 「おまえはあっちに座ってろ」
 「俺たちは知り合いで、一緒に来たんだって」

 マスターとマダムに確認すると、「本当だよ」と証言した。男性が先ほど、「浮気はいけない」などと発言していたことを思い出し、私はそれを根拠に彼の矛盾を責め立てた。

 「浮気じゃないって」

 男は苦笑しながら、適当なことを言う。私はこの局面でも勝てなかったら、一生独身に甘んじるしかない。殴って捕まってもいいと思った。

 「ねえ、そこの公園、紅葉がきれいだから、ちょっと男同士で見に行かない?」

 男は作り笑顔を浮かべ、「ここで、一緒に飲みましょうよ」と私の機嫌を取るようになった。女性も男にすり寄ったままなので、私もなすすべがなくなる。仕方なく、男のカラオケに拍手や合いの手を入れ、彼を持ち上げ、いつもの道化師に戻った。程なく、二人は仲むつまじく帰って行った。

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 今日は代官山の衣料品店にズボンを取りに行った。夏に映画の舞台あいさつに出演するため買ったが、裾上げが間に合わなかった。選定してくれた店員から再三、取りに来るよう連絡があったが、この一張羅を着ていく場面がほかになく、そのままになっていた。

 ブランド名の入った紙袋を肩に掛け、最寄り駅に戻ると日が暮れていた。駅前に町内会が御旅所(おたびしょ)のような仮店舗を構え、正月飾りを売っている。その明るさが、完敗した私に突き刺さるようだ。

 イブに作ったカレーを温めながら、このエッセーを書いている。空しさに包まれながら。


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マスク着用「個別の状況に応じて個人で判断を」と上野大臣、一般成人への弊害は答えず

 マスク着用による弊害について上野賢一郎・厚生労働相は26日、「子供の健やかな発達・発育の妨げとならないよう配慮することも重要」とした上で、「マスクの着用については個別の状況に応じて個人でご判断を」との認識を示した。一方、一般成人についての弊害については、幹事社に質問を阻まれて見解を得られなかった。

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記者会見に臨む上野大臣(2025.12.26、厚労省会見室で筆者撮影)

 マスク着用に何ら感染を防ぐ効果が認められないことは、2023年1月30日に『コクランレビュー』に掲載された論文(手洗いやマスク着用などの物理的な対策は、呼吸器系ウイルスの拡散を止めたり、遅らせたりするか?)で明らかになっているが、何度質問しても、厚労省はこれへの評価を避けている。

 代わりに、23年2月8日に新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードに提出された、西浦博氏らによる3ページ足らずの論考「マスク着用の有効性に関する科学的知見」を錦の御旗に、マスク着用が感染症予防に「有効である」との認識に立っている。

 そこで今回、筆者はマスク着用の弊害についてただした。2021年4月にドイツで発表された論文「鼻と口を覆うマスクを日常的に使用することの副作用と潜在的な危険性についての総説」(Kisielinski K, Giboni P, Prescher A, Klosterhalfen B, Graessel D, Funken S, et al. “Is a Mask That Covers the Mouth and Nose Free from Undesirable Side Effects in Everyday Use and Free of Potential Hazards?”)は178件の文献をメタ解析した、マスク着用に関してはこれまでで最大の研究である。マスク着用が呼吸機能障害や心拍数の増加、血中二酸化炭素の増加、頭痛、めまい、皮膚バリア機能の低下のほか、共感力の低下やコミュニケーション障害などを引き起こすことも指摘し、「新型コロナ感染症より長期のマスク着用の方がはるかに健康に有害」と結論づけている。

 会見で筆者はこの論文を引いた上で、「厚生労働省として、マスクに弊害があることは認めるか」とただした。

 上野大臣はこの論文について「コメントを差し控える」とした上で、前述の西浦論考と世界保健機関(WHO)の見解を踏まえ、「マスク着用は感染症対策に有効」と返答。次のように続けた。

 「一方で、子供の健やかな発達・発育の妨げとならないよう配慮することも重要と考える。特に2歳未満の乳幼児においては自分で外すことが困難であることから、窒息あるいは熱中症のリスクが高まるため、着用は勧められない。また、障害特性によっては、着用が困難な場合があることも留意する必要がある」

 詳細情報は厚労省のホームページに掲載しているとした上で、「マスクの着用については個別の状況に応じて個人でご判断を」との認識を示した。

 これら大臣発言について筆者は数度確認の問答を交わした後、「大人においては弊害は全くないとの認識か」とただした。すると、幹事社の記者が「他の社から質問があるので、時間も迫っているので」と質問を止められた。

 厚労省は23年3月から、「マスク着用は個人の判断が基本」とする一方、医療機関や通勤ラッシュ時などにマスク着用を推奨している。しかし、憲法13条が保障する「個人の尊重」を踏まえれば、もともと個人の判断が優先する。前掲の『コクランレビュー』論文に基づけば、マスクは無用の長物でしかない。

 ただし、これから新たな感染症の流行がでっち上げられる危険性がある。創られた感染症の波が引いた今、マスクの無効性を政府に認めさせなければ、再度の人権侵害が一層の強権性を持って国民に降りかかりかねない。

👆筆者の質問は2番目(藤江成光チャンネルより)


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ニュース研究:現場でのベトナム人いじめ報道


バックアップ動画URL: https://www.bitchute.com/video/UgydhDBcHdfi

考察対象記事
https://news.livedoor.com/article/detail/30270654/


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       高橋清隆

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反ジャーナリスト。金沢大学大学院経済学研究科修士課程修了。ローカル新聞記者、公益法人職員などを経て、2005年から現職。『週刊金曜日』『ZAITEN』『月刊THEMIS(テーミス)』などに記事を掲載。  著書に『偽装報道を見抜け!』(ナビ出版)『亀井静香が吠える』(K&Kプレス)『亀井静香—最後の戦いだ。』(同)『新聞に載らなかったトンデモ投稿』(パブラボ)『山本太郎がほえる〜野良犬の闘いが始まった』(Amazonオンデマンド)。翻訳にデーヴィッド・アイク『答え』第1巻[コロナ詐欺編](ヒカルランド)。           

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