元共同通信記者で、名古屋大学大学院教授などを歴任した春名氏の新刊本。米国政府の公文書を渉猟し、歴史の真相を暴く第一人者である。社会標準の範囲内で、日米関係史の真相をぎりぎりまで提示している。
https://x.gd/8bRva
同書は21の章から成る。第1章から第4章までは、日本国民が経験した最も厳しい時代、すなわち「ハル・ノート」から原爆投下までをつづる。第5章以降は、1853年のペリー来航から、2020年に始まる新型コロナ「禍」までを取り上げている。
春名氏の本の特徴は、本人が公文書をはじめとした資料や直接の証言で確認した内容に基づいて事の運びを推論していること。この姿勢は同書でも貫かれれており、うわさや社会通念をうのみにしていない。言葉運びが慎重で、物足りないくらいだ。そこが、彼の著作の信頼性を高めている理由だろう。
知らなかった史実が幾つかあった。まず、1921年の「ワシントン海軍軍縮条約」の会議で日本側の通信が傍受されていたこと。太平洋戦争で日本軍の通信が筒抜けになっていたことは有名だが、米国は電信を傍受する諜報(ちょうほう)活動(SIGINT)組織「ブラック・チェンバー(黒い部屋)」を第1次大戦中に立ち上げていた。
「ワシントン海軍軍縮条約」の会議では参加国の英国、日本、フランス、イタリアの各首都とワシントンの間の外交通信を傍受したという。最重視していたのは、日露戦争で勝利し世界第3位の海軍国になっていた日本海軍の動き。日本側の腹づもりを見抜いた米国は最後まで妥協せず、主要艦艇の比率10対6を受け入れさせることに成功した。
石橋湛山は首相就任からわずか2カ月で病気のため辞任した。「ラッキーなら石橋は長続きしない」とハワード・パーソンズ米国務省北東アジア部長が発言していた外交文書は、これまでの春名氏の著書に紹介されている。
今回の本では、石橋がGHQの政策に楯突いたため、民政局(GS)次長のチャールズ・ケーディスらに意図的に追放された事実を増田弘・立正大学名誉教授が指摘していることを紹介。石橋政権が国際司法裁判所判事の選挙で米国が推す台湾の大使を支持せずに独自候補を立てたり、バンドン会議に強い関心を寄せた動きに関して、米国務省が日本の「自立の兆候」とみたことを挙げている。
次は、米軍基地提供による「双務性」についてだ。新安保条約締結に向けた1958年、マッカーサー二世大使は「日本をパートナーとして、米国が日本の軍事・兵站(へいたん)施設を使用し続けるならば、(有事の際に)自衛隊が米国に来援することは必須ではない」と断言していた。
春名氏はこの事実を挙げ、「マッカーサー二世大使が、日本側が米軍基地を提供することで、両国の『双務性』を満たす、と提案してその問題を解決した。この史実を日本側はしっかり認識すべきだ」と強調している。安倍晋三元首相も「日本は米国を防衛する義務を負わない(いわゆる片務性)」構造であるとの認識を度々明らかにしていたが、2014年に解釈改憲を閣議決定した。外圧に屈して、史実をねじ曲げたことになる。
最も新鮮だったのは、「ハガチー・モルモット説」が本当だったこと。国会周辺で安保闘争が激化する1960年、ジェームズ・ハガチー米大統領新聞秘書(現在の大統領報道官)が来日した。大使らと乗用車で空港を出ようとして、デモ隊に囲まれ、約1時間にわたって立ち往生する事件が起きた。なぜ、初めからヘリコプターに乗らず、白バイの先導も付けなかったのか?
マッカーサー二世大使が国務省に送った電報を春名氏は引用する。「左翼連中が力と暴力に訴えれば、日米双方ともその状況を知ることができる」。デモ隊は、わなにかけられたのだった。大学でこの「武勇」が語り継がれているのを聞き不信感を抱いてきた私は、快哉を叫んだ。
再確認したことは、たくさんある。日系二世が太平洋戦争の前線に投入されたことは知られているが、特に情報工作に利用された。米陸軍情報部(MIS)は、両親の祖国日本と敵対する米国への忠誠を誓って志願した者を積極的に利用。戦場に残された日本軍の文書計200万件を解読させたり、約1万4000人の日本人捕虜を尋問させた。トルーマン大統領は「彼らは我々の人的秘密兵器だ」と形容している。
巣鴨釈放トリオである岸信介・笹川良一・児玉誉士夫が戦後米国のために働いてきたことは知られているが、笹川が米国の情報提供者だったことを春名氏は米国立公文書館で入手したCIC(GHQ傘下の防諜部隊)文書で確認したことを明かしている。
1949年に起きた下山事件など三大鉄道事件について、OSS(CIAの前身)工作員で統合特殊工作委員会(JSOB)元幹部が春名氏に「やったかもしれない」と語ったことが紹介されている。下山事件については、キャノン機関の日系二世が自分らがやったことを認めていた(『そこにCIAがいる』松本政喜)。
白洲次郎は、GHQ内の民間情報局(CIS)の「情報協力者」だった。日本のメディアがちやほやする理由が察しられる。
吉田茂は「米国側との交渉の場と日本人相手の議論では、全く性格が変わる人物だった」。米国政府要人との会談では議論を避けて好人物を演じる一方、国内の政敵に対しては毒とトゲのある罵詈(ばり)雑言を浴びせた。それだけではない。マッカーサーの指令を受け警察予備隊(自衛隊の前身)を創設したくせに、回想録には「この再軍備論に対して私は正面から反対した」と書いている。鳩山一郎と共にGHQの公職追放者リストに載りながら、自身はポール・ラッシュ中佐を懐柔してもみ消したとみられる一方、鳩山氏は撤回されながら職権で発表を遅らせた。
CIAが1950〜60年代に自民党に数百万ドルの資金援助をしていたことは1994年に『ニューヨーク・タイムズ』が報じている。資金の窓口について春名氏は、当時CIA東京支局のナンバー3だった幹部に会い、岸信介に渡していたことを突き止めた。
CIAが旧民社党の結党を働きかけたことは、2006年に報じられている。春名氏は、その基となる方針を国家安全保障会議(NSC)文書に見つけた。NSC6008/1号文書には、「労働組合のリーダーシップを穏健分子に移行させ、左翼社会主義分子の影響力を弱める方向に展開するよう奨励するため、適切な措置をとる」と記されている。
尖閣諸島をめぐる問題を米国がつくったことは知られている。1971年、沖縄返還協定調印の際に「確実に出る質問」として米国側が作成した文書を春名氏は入手。次のようにつづられていた。「尖閣諸島の施政権の日本への返還によって、台湾の主権主張は損なわれない、と米国は信じる」。この声明は今も生きている。春名氏は、「主権を主張する『台湾の権利』が消滅しないわけだから、台湾を自国の一部とする中国も、日本の『実効支配』を打破すれば、尖閣諸島の主権を奪取できると考えているわけである。こうした事態を招いた責任は米国にある」と批判する。
読んでいてことごとく腹が立ったのは、日本側の属国根性だ。「失われた35年」の元凶は1985年のプラザ合意だが、ニューヨークに呼び付けられた竹下登蔵相はプラザ会議で「円安のままでは私は首相になれない」と発言して、他の参加国から驚かれたという。帰途の機中で竹下は、共に呼び付けられた澄田智・日銀総裁に「徹底的にやろう」と話し掛けている。米国に従った結果、日本は取り返しのつかない損害を被ったが、画策者のベーカー米財務長官は特に感謝などしていない。そればかりか、次のブッシュ政権で国務長官に就任すると、「湾岸戦争」で日本が金融支援にとどめたことを批判した。
1980年代に入ると、半導体は日本企業が世界の売り上げ上位を独占した。米国は、日本の半導体市場の海外メーカーへの開放や日本企業によるダンピング防止を盛り込んだ日米半導体協定を結ばせる。その際、密約がされており、松永信雄・駐米日本大使の署名入り文書には、外国製半導体の20%以上の国内シェアが約束されていた。しかし、日本製半導体のシェアが縮小しなかったため、レーガン政権は日本製パソコン、カラーテレビ、電子工具に対して100%の関税率を一方的に課すと発表した。この制裁に対し、日本政府は「関税貿易一般協定(GATT、現・WTO)」違反として提訴しようとしたが、断念。あえて問題化させなかった。そのため、91年には第2次協定を結ばされる。日本の半導体産業は競争力を失い、今日に至る。
極め付きは、米軍普天間飛行場の返還に外務省が反対していたこと。大田昌秀・沖縄県知事の要請を受けた橋本龍太郎首相は、クリントン大統領と首脳会談を持つため訪米。機内で、折田正樹・北米局長から代替基地が必要になる旨を説かれ、普天間の名前は「触れない方がいいです」と助言される。しかし、クリントン政権は普天間返還の方針を決めていた。橋本氏が私案を日経にリークすると米海兵隊が反対し始める。普天間の問題は「返還」から「移設」にすり替えられ、まさに米国に好都合な結果になった。
冒頭で、春名氏の著書は本人が公文書や直接の証言で確認した内容に基づいていると述べた。ただし、公文書や証言が虚偽の場合もある。「大統領日報(PDB)」から、春名氏は2001年の「911同時多発テロ」を「アルカイダ」を率いるウサマ・ビンラディンがやったと思っている。そのため、「ジョージ・W・ブッシュ米大統領(子)が行った報復攻撃の死者の方が、テロ犠牲者数よりもはるかに多かった」と的外れな見解をつづる。両者は国際カルトに牛耳られた米国政府の犠牲者として、比較すべきではなく、合算すべき数字である。
そのくせ、フセインが処刑された後、「イラク国内で大量破壊兵器は全く発見されず、テロ組織の存在も確認できなかった」と米国の対応を批判している。「大量破壊兵器はなかった」との見解については、日本政府が鈴木宗男氏らの質問主意書に対し「事実でない」と否定し、ユーチューブでもコミュニティガイドラインに触れるとして削除される。せめて、そこら辺で抗議してほしいものだ。
「新型コロナウイルス」の武漢研究所漏えい説を受け入れている。これは米国立衛生研究所(NIH)経由で、民間非営利団体「エコヘルス・アライアンス」を通じ米厚生省から助成金が数百万ドル流れていることや、「エコヘルス」のピーター・ダスザク博士の資格停止処分を論拠にしたもの。しかし、大橋眞・徳島大学名誉教授が指摘しているように、2019年末に中国・武漢で発生したとされる「新型コロナウイルス感染症」の病原体と「SARS-CoV-2」が同じである証拠はどこにもない。
150年にわたる日米関係史を扱う「表の世界」の本の中で、同書がその限界まで真相を提示してくれていることは確かだ。米国に対し、宣伝通りに憧れたり、盲目的に従っている自称「保守」の人には読んでもらいたい1冊である。
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同書は21の章から成る。第1章から第4章までは、日本国民が経験した最も厳しい時代、すなわち「ハル・ノート」から原爆投下までをつづる。第5章以降は、1853年のペリー来航から、2020年に始まる新型コロナ「禍」までを取り上げている。
春名氏の本の特徴は、本人が公文書をはじめとした資料や直接の証言で確認した内容に基づいて事の運びを推論していること。この姿勢は同書でも貫かれれており、うわさや社会通念をうのみにしていない。言葉運びが慎重で、物足りないくらいだ。そこが、彼の著作の信頼性を高めている理由だろう。
知らなかった史実が幾つかあった。まず、1921年の「ワシントン海軍軍縮条約」の会議で日本側の通信が傍受されていたこと。太平洋戦争で日本軍の通信が筒抜けになっていたことは有名だが、米国は電信を傍受する諜報(ちょうほう)活動(SIGINT)組織「ブラック・チェンバー(黒い部屋)」を第1次大戦中に立ち上げていた。
「ワシントン海軍軍縮条約」の会議では参加国の英国、日本、フランス、イタリアの各首都とワシントンの間の外交通信を傍受したという。最重視していたのは、日露戦争で勝利し世界第3位の海軍国になっていた日本海軍の動き。日本側の腹づもりを見抜いた米国は最後まで妥協せず、主要艦艇の比率10対6を受け入れさせることに成功した。
石橋湛山は首相就任からわずか2カ月で病気のため辞任した。「ラッキーなら石橋は長続きしない」とハワード・パーソンズ米国務省北東アジア部長が発言していた外交文書は、これまでの春名氏の著書に紹介されている。
今回の本では、石橋がGHQの政策に楯突いたため、民政局(GS)次長のチャールズ・ケーディスらに意図的に追放された事実を増田弘・立正大学名誉教授が指摘していることを紹介。石橋政権が国際司法裁判所判事の選挙で米国が推す台湾の大使を支持せずに独自候補を立てたり、バンドン会議に強い関心を寄せた動きに関して、米国務省が日本の「自立の兆候」とみたことを挙げている。
次は、米軍基地提供による「双務性」についてだ。新安保条約締結に向けた1958年、マッカーサー二世大使は「日本をパートナーとして、米国が日本の軍事・兵站(へいたん)施設を使用し続けるならば、(有事の際に)自衛隊が米国に来援することは必須ではない」と断言していた。
春名氏はこの事実を挙げ、「マッカーサー二世大使が、日本側が米軍基地を提供することで、両国の『双務性』を満たす、と提案してその問題を解決した。この史実を日本側はしっかり認識すべきだ」と強調している。安倍晋三元首相も「日本は米国を防衛する義務を負わない(いわゆる片務性)」構造であるとの認識を度々明らかにしていたが、2014年に解釈改憲を閣議決定した。外圧に屈して、史実をねじ曲げたことになる。
最も新鮮だったのは、「ハガチー・モルモット説」が本当だったこと。国会周辺で安保闘争が激化する1960年、ジェームズ・ハガチー米大統領新聞秘書(現在の大統領報道官)が来日した。大使らと乗用車で空港を出ようとして、デモ隊に囲まれ、約1時間にわたって立ち往生する事件が起きた。なぜ、初めからヘリコプターに乗らず、白バイの先導も付けなかったのか?
マッカーサー二世大使が国務省に送った電報を春名氏は引用する。「左翼連中が力と暴力に訴えれば、日米双方ともその状況を知ることができる」。デモ隊は、わなにかけられたのだった。大学でこの「武勇」が語り継がれているのを聞き不信感を抱いてきた私は、快哉を叫んだ。
再確認したことは、たくさんある。日系二世が太平洋戦争の前線に投入されたことは知られているが、特に情報工作に利用された。米陸軍情報部(MIS)は、両親の祖国日本と敵対する米国への忠誠を誓って志願した者を積極的に利用。戦場に残された日本軍の文書計200万件を解読させたり、約1万4000人の日本人捕虜を尋問させた。トルーマン大統領は「彼らは我々の人的秘密兵器だ」と形容している。
巣鴨釈放トリオである岸信介・笹川良一・児玉誉士夫が戦後米国のために働いてきたことは知られているが、笹川が米国の情報提供者だったことを春名氏は米国立公文書館で入手したCIC(GHQ傘下の防諜部隊)文書で確認したことを明かしている。
1949年に起きた下山事件など三大鉄道事件について、OSS(CIAの前身)工作員で統合特殊工作委員会(JSOB)元幹部が春名氏に「やったかもしれない」と語ったことが紹介されている。下山事件については、キャノン機関の日系二世が自分らがやったことを認めていた(『そこにCIAがいる』松本政喜)。
白洲次郎は、GHQ内の民間情報局(CIS)の「情報協力者」だった。日本のメディアがちやほやする理由が察しられる。
吉田茂は「米国側との交渉の場と日本人相手の議論では、全く性格が変わる人物だった」。米国政府要人との会談では議論を避けて好人物を演じる一方、国内の政敵に対しては毒とトゲのある罵詈(ばり)雑言を浴びせた。それだけではない。マッカーサーの指令を受け警察予備隊(自衛隊の前身)を創設したくせに、回想録には「この再軍備論に対して私は正面から反対した」と書いている。鳩山一郎と共にGHQの公職追放者リストに載りながら、自身はポール・ラッシュ中佐を懐柔してもみ消したとみられる一方、鳩山氏は撤回されながら職権で発表を遅らせた。
CIAが1950〜60年代に自民党に数百万ドルの資金援助をしていたことは1994年に『ニューヨーク・タイムズ』が報じている。資金の窓口について春名氏は、当時CIA東京支局のナンバー3だった幹部に会い、岸信介に渡していたことを突き止めた。
CIAが旧民社党の結党を働きかけたことは、2006年に報じられている。春名氏は、その基となる方針を国家安全保障会議(NSC)文書に見つけた。NSC6008/1号文書には、「労働組合のリーダーシップを穏健分子に移行させ、左翼社会主義分子の影響力を弱める方向に展開するよう奨励するため、適切な措置をとる」と記されている。
尖閣諸島をめぐる問題を米国がつくったことは知られている。1971年、沖縄返還協定調印の際に「確実に出る質問」として米国側が作成した文書を春名氏は入手。次のようにつづられていた。「尖閣諸島の施政権の日本への返還によって、台湾の主権主張は損なわれない、と米国は信じる」。この声明は今も生きている。春名氏は、「主権を主張する『台湾の権利』が消滅しないわけだから、台湾を自国の一部とする中国も、日本の『実効支配』を打破すれば、尖閣諸島の主権を奪取できると考えているわけである。こうした事態を招いた責任は米国にある」と批判する。
読んでいてことごとく腹が立ったのは、日本側の属国根性だ。「失われた35年」の元凶は1985年のプラザ合意だが、ニューヨークに呼び付けられた竹下登蔵相はプラザ会議で「円安のままでは私は首相になれない」と発言して、他の参加国から驚かれたという。帰途の機中で竹下は、共に呼び付けられた澄田智・日銀総裁に「徹底的にやろう」と話し掛けている。米国に従った結果、日本は取り返しのつかない損害を被ったが、画策者のベーカー米財務長官は特に感謝などしていない。そればかりか、次のブッシュ政権で国務長官に就任すると、「湾岸戦争」で日本が金融支援にとどめたことを批判した。
1980年代に入ると、半導体は日本企業が世界の売り上げ上位を独占した。米国は、日本の半導体市場の海外メーカーへの開放や日本企業によるダンピング防止を盛り込んだ日米半導体協定を結ばせる。その際、密約がされており、松永信雄・駐米日本大使の署名入り文書には、外国製半導体の20%以上の国内シェアが約束されていた。しかし、日本製半導体のシェアが縮小しなかったため、レーガン政権は日本製パソコン、カラーテレビ、電子工具に対して100%の関税率を一方的に課すと発表した。この制裁に対し、日本政府は「関税貿易一般協定(GATT、現・WTO)」違反として提訴しようとしたが、断念。あえて問題化させなかった。そのため、91年には第2次協定を結ばされる。日本の半導体産業は競争力を失い、今日に至る。
極め付きは、米軍普天間飛行場の返還に外務省が反対していたこと。大田昌秀・沖縄県知事の要請を受けた橋本龍太郎首相は、クリントン大統領と首脳会談を持つため訪米。機内で、折田正樹・北米局長から代替基地が必要になる旨を説かれ、普天間の名前は「触れない方がいいです」と助言される。しかし、クリントン政権は普天間返還の方針を決めていた。橋本氏が私案を日経にリークすると米海兵隊が反対し始める。普天間の問題は「返還」から「移設」にすり替えられ、まさに米国に好都合な結果になった。
冒頭で、春名氏の著書は本人が公文書や直接の証言で確認した内容に基づいていると述べた。ただし、公文書や証言が虚偽の場合もある。「大統領日報(PDB)」から、春名氏は2001年の「911同時多発テロ」を「アルカイダ」を率いるウサマ・ビンラディンがやったと思っている。そのため、「ジョージ・W・ブッシュ米大統領(子)が行った報復攻撃の死者の方が、テロ犠牲者数よりもはるかに多かった」と的外れな見解をつづる。両者は国際カルトに牛耳られた米国政府の犠牲者として、比較すべきではなく、合算すべき数字である。
そのくせ、フセインが処刑された後、「イラク国内で大量破壊兵器は全く発見されず、テロ組織の存在も確認できなかった」と米国の対応を批判している。「大量破壊兵器はなかった」との見解については、日本政府が鈴木宗男氏らの質問主意書に対し「事実でない」と否定し、ユーチューブでもコミュニティガイドラインに触れるとして削除される。せめて、そこら辺で抗議してほしいものだ。
「新型コロナウイルス」の武漢研究所漏えい説を受け入れている。これは米国立衛生研究所(NIH)経由で、民間非営利団体「エコヘルス・アライアンス」を通じ米厚生省から助成金が数百万ドル流れていることや、「エコヘルス」のピーター・ダスザク博士の資格停止処分を論拠にしたもの。しかし、大橋眞・徳島大学名誉教授が指摘しているように、2019年末に中国・武漢で発生したとされる「新型コロナウイルス感染症」の病原体と「SARS-CoV-2」が同じである証拠はどこにもない。
150年にわたる日米関係史を扱う「表の世界」の本の中で、同書がその限界まで真相を提示してくれていることは確かだ。米国に対し、宣伝通りに憧れたり、盲目的に従っている自称「保守」の人には読んでもらいたい1冊である。
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